『二月の勝者』と、元サピックス講師から見た「営利企業」としての中学受験塾

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中学受験
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『二月の勝者』という中学受験塾を舞台にした漫画が人気です。「塾は営利企業」「金脈」「お客さん」など、主人公の塾講師が吐く冷酷な言葉がリアリティを高めていますが、塾の実態はどうなのでしょうか。元サピックス講師の立場から見ると、塾にも「得意・不得意」があり、塾選びにあたっても、その塾が注力するところとニーズがマッチしないと、受験はうまくいきません。実際、塾はどのように生徒集めを行っているのか、SAPIXと早稲田アカデミーのケースを見ていきます。

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二月の勝者とは

受験生パパ・ママの間で話題に

塾は営利目的の企業ですから、『経営努力』という点で、優秀な生徒に注力して合格実績を稼いでもらわなければなりません。『顧客』が『実績』を見てやって来るのだから当然です。
上位校合格の見込みのない生徒には、夢を見させ続けつつ、生かさず殺さず、お金をコンスタントに入れる『お客さん』として、Rクラス(成績が最下位のクラス)には、『楽しくお勉強』させてください。

漫画『二月の勝者-絶対合格の教室-』の主人公で塾講師の黒木蔵人の言葉です。

中学受験の実態をリアルに描いた漫画「二月の勝者」。
『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)という男性向けのマンガ雑誌での連載にもかかわらず、中学受験生パパのみならず、ママたちの間で話題になっています。
単行本は2021年4月に11巻が発売されたばかりですが、週刊誌の連載を心待ちにしている方もいらっしゃるようです。

 

綿密な取材に基づく中学受験の実情が如実に描かれていて、新人の女性講師や古参の講師とのバトルのほか、親たちの葛藤や子どもの成長する姿に共感も覚える内容です。

忖度のない主人公の言葉

そして、SAPIX(サピックス)をモチーフにした「PHOENIX(フォニックス)」から、「桜花ゼミナール」に移籍してきた主人公、黒木の冷酷な言葉は印象的です。

ちなみに、新型コロナの影響で放送が延期されていますが、ドラマ化も予定されています。

「『受験塾』は、『子どもの将来』を売る場所です」
「オープンテストは、『新規顧客』獲得のチャンスです」
「親は『スポンサー』」
「Rクラスは『お客さん』ですから」

塾は「営利企業」と断言し、生徒、特に下位クラスは「お客さん」と言い放つ。

モデルとされている「サピックス」も下位クラスを「お客さん」としているのか?
そして、塾講師は「『新規顧客』獲得」にそんなにこだわっているのか?

たしかに、実際の中学受験塾で見ても、サピックスは、代々木ゼミナール傘下の「株式会社日本入試センター」という”株式会社”ですし、「早稲田ゼミナール」は東証一部上場企業で、株主の目にさらされています。会社として「利益」を追求するのは当然です。

「上位校合格の見込みのない生徒は『お客さん』?

また、生徒を獲得するために最も宣伝効果が高いのは、合格実績であるのも事実で、サピックスにしても早稲アカにしても難関校の合格実績を全面に打ち出しています

2月、3月の入試直後は、新聞広告などで難関校の合格者数を大々的にアピールしています。
大学受験で、東進が東大合格実績の伸びのグラフを駅の広告などに利用しているのと同じですね。

現役合格実績[2024年]|大学受験の予備校・塾 東進
大学受験予備校東進の2024年東進生現役合格者実績のご案内です。東京大学(東大)・京都大学(京大)をはじめとする難関国立大、早稲田大学・慶應大学(早慶)・上智大学・東京理科大学など難関私大に抜群の現役合格者数を誇る大学受験予備校東進。

 

これは塾に限った話ではなく、難関校の合格実績がいい塾に生徒が集まるのは、東大合格実績が良い学校に生徒が集まるのとも似ています
2021年の東大合格実績で神奈川県立横浜翠嵐高校が躍進しましたが、これも2017年の東大合格実績の伸びを受けて2018年の入試のレベルが上がり、その年の入学生が大学入試を迎えたことし、再び東大合格実績が躍進しました。

難関校対策を売りにする中学受験塾にとって合格実績は、生徒数の増加つまり収入の増加を目的とするだけでなく、「難関校に合格する生徒」を多く入塾させることにも利用されます
中学受験は、小学4年生から3年間かけて学習するするのが大手進学塾の通常カリキュラムです。
とはいえ、実際の“受験勉強”はそれ以前から始まっていて、基礎的学力や勉強の習慣が全く身についていない生徒が入塾して、トップを目指せるかというと、それは非常に限られたケースです。『二月の勝者』でも、6年生で成績が急上昇するケースも描かれていて、実際にそうしたケースも見受けられますが、現実的に限られています。
難関校の合格実績を上げるために、塾が重視しているのは、「できる子」をいかに集めるかです。
早稲アカは、「『普通の学力』の生徒が大きく伸びる」ことを売りにしてきましたが、実際の戦略は、「できる子」を集めようと躍起になっています。
ただ、サピックスと早稲アカでは「できる子」を集めることに対するそもそもの考え方が違います
設立の経緯にからめながら考察します。

設立1年目がもっとも難関校合格率が高かったサピックス

まず、サピックスは、1989年、TAP進学教室の経営陣と対立した講師陣が設立した塾で、現在は代々木ゼミナールの傘下に入っています(サピックス設立者の一部は、サピの代ゼミグループ入り後、グノーブルに参画しています)。

そして、サピックスの特徴は、設立当初から高い合格実績を誇っていたということです。

サピックス小学部の設立者の1人、霜山幸夫氏がTAP小学部代表を務めていたのをはじめ、サピックスは実質的にTAPそのものでした。
サピックス設立にあたっては、TAP「理事長」の田中氏と民事裁判にもなり、霜山氏らが勝訴しているのですが、TAPの中心講師がこぞってサピックスに参画したため、初年度から高い合格実績を誇りました。

開成中学と桜蔭中学のサピックスの合格実績の推移を見てもわかるとおり、初年度から開成に46人、桜蔭に22人、率にして全生徒の21.86%を超える高い合格実績を誇ってきました。

以来、「難関校への登竜門」を謳い文句にし、男女御三家、特に開成・桜蔭の合格実績に焦点を当ててきました。
サピックスは、設立当初から高い合格実績を誇っていたため、難関校の合格実績を上げる前段階として「MARCHなどの中堅校の合格実績を上げる」という経験したことがありません
そのため、サピックスは、中堅校対策ということに迫られた経験がなく、そのために中堅校対策を得意にしていない部分があります。
下位クラスを「お客さん」扱いにしているというよりは、下位クラスに対応したカリキュラム・指導を得意にしていないというのが実情です。

これは、グノーブル(Gnoble)も同様です。グノーブルは、もともとサピックス中学部設立者の1人である中山伸幸氏が、サピックスの大学入試部門であるNEXUS(ネクサス)の横浜校を開校しようとした他の経営陣と対立して離脱し、設立した塾です。年度途中での設立となりましたが、1年目から、カリスマ講師として知られた中山氏を求めて多くの生徒がGnobleに移籍しました。また、小学部も中山氏と関係の深い、サピックス設立メンバーで社長を務めた田村氏、サピックス教務部長を務めていた眞田氏などが参画し、実質的にサピックスと同じカリキュラムを構築しました(前述の霜山氏もGnobleと関係の深い企業の取締役を一時務めるなど、関係しています)。小学部も代ゼミグループ入りする前のサピックスの主要メンバーが設立した塾という口コミで生徒が集まり、合格率で言えば、サピックスと互角の実績を上げています。
Gnoble。 SAPIXと互角の難関校合格率 これから通うならどっち? 違いは?
中学受験勉強を始めるにあたって最初に悩むのが塾選びです。関東の場合、圧倒的な合格実績を誇るSAPIX(サピックス)、早慶附属中学を中心に勢いのある早稲田アカデミー、さらに長年大手として君臨してきた日能研や四谷大塚などが選択肢となります。...

後を追う早稲田アカデミーのポイントは「優秀な生徒獲得」

一方、早稲田アカデミーは、塾としての歴史こそサピックスよりも長いですが、難関校への合格実績を伸ばし始めたのは2000年前後で、中学受験塾としても後発の部類です。
すでに東証一部上場企業であることに触れましたが、株式の店頭登録は1999年。それに前後する形で、難関校への合格実績で存在感を示すようになりました。

早稲アカはサピックスを明確な「ライバル」とみなして、サピックスを超える合格実績「全国No.1」を目指してきました

そのとっかかりにしたのは、中学受験ではなく高校受験で、まずは早慶附属高校の合格実績No.1、そして開成高校No.1を達成します。

早慶も開成も、現在は早稲田アカデミーが合格者数「No.1」ですが、それ以前、その地位はサピックスが占めていました。

そして、No.1達成のために、早稲アカが利用したのが、「必勝クラス(小学部のNNにあたる)」です。

優秀な生徒を「開成必勝クラス」の「特待生」として在籍させ、合格者数を「増やす」戦略をとりました。
2020年に神奈川県の「臨海セミナー」の合格者数水増しが問題になりましたが、サピックスなどに通う生徒を無料で在籍させる方式は「合格者数の水増し」とも受け取られかねず、問題化もしました。ただ、一度優秀な生徒の囲い込みで合格実績を伸ばせば、優秀な生徒が「勢いのある早稲アカ」に内部生として入塾するようになり、その好循環で合格実績が増加してきた形です。

同じ戦略は、中学受験でも利用されています。それが「NN」です。
「二月の勝者」でも、「オープンテストは、『新規顧客』獲得のチャンスです」という言葉がありますが、 まさに早稲アカは、春から始まる「NN志望校別コース」の選抜テストを新学年早々の4月に実施しています。多くの塾で志望校別の模試が秋以降に行われる中、他塾に先駆けて「志望校別のテスト」を行うことで、受験者を惹きつける戦略です。
そして、このテストは、特に算数が実際の入試より難しい傾向があります。

なお、元早稲田アカデミー講師の矢野耕平氏が、著書「令和の中学受験」で次のように述べています。

志望校別コースの「模擬試験」「選抜試験」に、入試本番よりも難度の高い問題を、わざと盛り込むような塾があります。…それは、「他塾」に通っている子や保護者に「不安」を抱かせ、いまのままでは第一志望校に合格できないと思い込ませることで、自分たちの塾の志望校別コースへと「誘導」させ、合格実績をかさ上げしようという「戦略」なのかもしれません。一種の「不安商法」と言ってもいいでしょう。

 

矢野氏は、どの塾についてかは触れていませんが、「二月の勝者」にあるように、模試や志望校別コースに優秀な生徒を集めようという手法は、よく使われます

なお、合格実績に含むことのできる塾生徒の範囲について、全国学習塾協会は、2019年2月25日に全国の塾事業者へ次のような自主基準を周知しています。

合格実績に含むことのできる塾生徒の範囲は、受験直前の6か月間のうち、継続的に3か月を超える期間、当該学習塾に在籍し、通常の学習指導を受けた者とし、かつ、受講時間数が30時間を超える場合とする。なお、当該時間に受験直前における集中講義などの受講時間を含めてもよい。なお、受験直前は受験日当日の前日にあたる。また、受験直前の6か月間の中であれば、途中で契約解除になっている生徒も塾生徒に含まれる。

なお、「合格実績に含むことのできる受講内容は、正規の授業もしくは講習で、かつ有料のもの(映像授業・オンライン講座等を含む)でなければならない。体験授業・体験講習・無料講習・自習・補習、他の事業主体に派遣した講師による授業・講習や、単に教室内にいただけの自習時間などは含まれない」としています。

全国学習塾協会は、サピックスは加入していませんが、早稲アカは加わっています。
そして、早稲アカのNNもサピックスのSS特訓も、いずれも「正規の授業もしくは講習で、かつ有料のもの」に該当し、NN生も、SS生も、塾内部的には通常の内部生と同一の扱いでないにせよ、入塾手続きがとられ、合格実績にはカウントされています。

塾が「営業熱心」なのと現場が「営業熱心」かは全く別

特に、難関校を「得意」とする塾にとって、「合格実績」は非常に重要なセールスポイントで、早稲アカは、非常に戦略的に合格実績アップを実現してきました

一方で、現場の講師が、営業熱心かというと必ずしもそうではありません。

私の感じたところでは、2021年、多くの塾ではオンラインで「入試報告会」が開かれましたが、サピックスにせよ早稲アカにせよ、びっくりするくらい、「営業色」の薄いプレゼンでした。正直、スライドのレベルが高いとは言えず、また講演からも、面白みや覇気が感じられるものはほとんどなく、「集客」したいという意欲は全くと言ってもいいほど感じられませんでした(せっかくのオンラインで、楽しみに色々見たのですが、「志望校別」のトップクラスの講師の話もつまらなかった…)。
塾の「システム」として「顧客獲得」だから、現場が生徒や親に対して営業熱心だとは限りません
講師のボーナスなどは合格実績に連動しますし(早稲アカは株主向けのIR資料で明言しています)、難関校対策の進学塾では、有名校への合格実績を重視しているのは事実ですが、実際は、どのクラスでも、それぞれの講師は熱心に指導しています。

「上のクラスだから」「下のクラスだから」というよりも、むしろ塾のシステムとして、お子様の志望校の合格に向けた対策を得意にしているか、そうでないかということは意識する必要があります。どの塾にも「得意」「不得意」や営業に力を入れている分野、そうでない分野があります。
ただ「有名だから」「宣伝を目にしたから」という理由で扉を叩くのではなく、明確にその塾のメリットとニーズが合致するかを見極めることが大切です。

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